連載 ほろにがの群像 朝日麦酒の宣伝文化とその時代

第14回 『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』の世界【前篇】

 濱田研吾 

佐々木恵美子著『明朗ラジオドラマ集』(英宝社/昭和37年1月)画像

*3 佐々木恵美子著『明朗ラジオドラマ集』(英宝社/昭和37年1月)

朝日麦酒にとって、全国区で“アサヒビール”の知名度を高めることは、創業以来の悲願であった。『ほろにが通信』や「ABパズル」は知名度アップに貢献はしたが、起爆剤とまではいえない。 それだけに、ラジオ東京の放送劇『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(以下「チャカ・ウカ」)に提供したことは大きかった。同局のスポンサー企業である朝日麦酒にとって、電波媒体に参入して初のヒット番組となったのである。

「チャカ・ウカ」は、戦後のラジオ文化を語るうえで欠かせない。雑誌『ノーサイド』(文藝春秋)の特集「懐かしのラジオデイズ」(平成8年2月号)では、 映画研究家の田中眞澄が戦後のラジオドラマ16本を紹介しているが、そのなかには「チャカ・ウカ」もある。 しかも、そのうち12本はNHKドラマで、民放を代表する人気ドラマだったことがわかる。

「チャカ・ウカ」は、日曜をのぞく毎朝9時台に放送された15分番組で、1話完結のホームドラマだった。 茶刈家の春子(チャッカリ夫人)と宇刈家の秋子(ウッカリ夫人)が交互に主役をつとめ、市川三郎、佐々木恵美子、中江良夫、吉田みき、菜川作太郎らが分担してシナリオを書いた。

第1回放送は、ラジオ東京が開局した昭和26年12月25日。朝日麦酒は当時、平川唯一の『カムカム英語』のスポンサーだったため、「チャカ・ウカ」には提供していない。 初代のチャッカリ夫人は文学座の南美江、ウッカリ夫人は声優の北原文枝で、当初は市川、佐々木、梅田晴夫による風刺コント集として放送された(*1)。 そののち、山の手の住宅街に住む家庭を舞台にしたホームドラマへとリニューアルされる。

『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』初代出演者(『TBS50年史』東京放送/平成14年1月)画像

*1 『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』初代出演者(『TBS50年史』東京放送/平成14年1月)

朝日麦酒がスポンサーとなるのは、そのあとのこと。古川緑波の『ロッパ言語学』(本連載13回参照)が終了して1週間後の昭和27年10月からで、 「チャカ・ウカ」の前任スポンサーが番組から降りてしまったため、中央放送広告の五味正夫のすすめで後任のスポンサーとなったようだ。 しかし、聴取率は思うように伸びず、舞台を山の手から下町へ変えてリニューアル。茶刈家は魚屋、宇刈家は花屋となり、母物を得意とした望月優子をチャッカリ夫人に、 のちに演出家となる真山美保をウッカリ夫人に起用した。だが、山の手で失敗したから下町に……との発想は短絡的だったようで、下町版「チャカ・ウカ」の評判はいまひとつだった。

かくして番組は、3度目のリニューアル(昭和28年5月)を余儀なくされる。今回は、平凡なサラリーマン家庭が舞台となり、チャッカリ夫人に淡島千景、 夫の五郎に本郷秀雄、ウッカリ夫人に久慈あさみ、夫の正夫に佐野周二といった顔ぶれになった(*2)。脇役専門の本郷をのぞくと、いずれも主演級の映画スターで、 このリニューアルは評判をよぶ。豪華キャストであるとともに、平凡なサラリーマン家庭での物語が、夫と子どもを送り出し、家事をしながらラジオを聴く主婦層の琴線にふれた。 魚屋と花屋が舞台の下町版「チャカ・ウカ」にくらべると、サラリーマン家庭が舞台のほうが、主婦としては親近感をもったのである。

チャッカリ夫人とウッカリ夫人』3代目出演者。右より本郷秀雄、淡島千景、久慈あさみ、佐野周二(東宝映画『チャッカリ夫人とウッカリ夫人・夫婦御円満の巻』/昭和31年)画像

*2 チャッカリ夫人とウッカリ夫人』3代目出演者。右より本郷秀雄、淡島千景、久慈あさみ、佐野周二(東宝映画『チャッカリ夫人とウッカリ夫人・夫婦御円満の巻』/昭和31年)

「チャカ・ウカ」は、1話完結の15分ドラマで、物語はシンプルだった。佐々木恵美子のシナリオ集『明朗ラジオドラマ集』(英宝社/昭和37年1月 *3)をみると、 間違って捨ててしまった福引券がテーマの「ゴミの中にも花が咲くの巻」、会社社長の講演放送から起きる騒動を描いた「かくて社長のご機嫌はの巻」、 錯綜する電話の応対でパニックになる「モシモシあなたですかの巻」など、他愛のない日常の事件を描いた話がならぶ。同時期に放送された菊田一夫の純愛大河ドラマ『君の名は』(NHK)とは違い、 聴取者が1度聴き逃しても困らない。そのうえ、15分のラジオドラマにしては豪華キャスト(高橋貞二、加藤治子、大坂志郎、坂本武、汐見洋らが準レギュラー出演)で、 佐々木恵美子と吉田みき、2人の女流作家を起用し、女性目線で両夫人の言動をとらえたのも成功の一因だろう。

そのかわり、脚本家は苦労を強いられた。数人のライターで分担して書くとはいえ、サラリーマン家庭の日常をドラマに仕立て、15分で完結させる制約がある。 毎回、聴いていれば、聴取者の耳も肥えてくるから、「夫が酔っぱらって帰ってくる」「近所に泥棒が出る」といったおなじみネタは使いまわしにできない。マンネリにならぬよう、 「泣き」と「笑い」をバランスよく配分する必要もあり、佐々木恵美子は、《大した分量でもないのに、まるで毎日追いたてられるような気持ち》(『明朗ラジオドラマ集』)と回想している。 当時の音源はほとんど残っていないが、番組台本を読んでみると、15分にしては文字量が多く、ハイテンポだったことがわかる。そうしたテンポのよさが、 淡島千景と久慈あさみの芸風とマッチして、「チャカ・ウカ」の魅力をさらに高めた。

かくして「チャカ・ウカ」は絶頂期をむかえ、全国23局ネット(昭和28年)で放送される人気ドラマへと成長。戦後のラジオ黄金時代を象徴するプログラムとなっていく。 メインライターと主要キャストが番組を降板せず、チームワークのよさを長く保ったことも、支持をあつめた秘訣といえる。

淡島千景と久慈あさみの「チャカ・ウカ」人気が高まったことを、朝日麦酒は当然喜んだ。業務第1課の長谷川遠四郎や中央放送広告の五味正夫は、 「チャカ・ウカ」のクオリティや聴取率に目を光らせていたはずで、喜びはひとしおだったはず。「チャカ・ウカ」人気に便乗し、番組と自社商品とのセット広告を思いつくのも無理はない。 たとえば、番組宣伝をかねた中吊りポスター(*4)は、それが顕著である。デザインをみると、ラジオの番組広告なのか、アサヒビールとバャリースオレンヂの広告なのか、 にわかに判断がつきにくい(ようするに両方なのだろう)。

『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』ポスター(『Asahi100』アサヒビール/平成2年8月)画像

*3 『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』ポスター(『Asahi100』アサヒビール/平成2年8月)

シナリオをノベライズ化した単行本『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(日本出版協同/昭和28年12月)もすごい。 カバー表紙には宇刈一家が描かれているが、よくみると久慈あさみが手に持つのはアサヒビール(*5)。文字どおり、チャッカリしているカバーデザインだ。

ラジオ東京文芸部編『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(日本出版協同/昭和28年12月)画像

*5 ラジオ東京文芸部編『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(日本出版協同/昭和28年12月)

番組内のCMが話題になったのも、3度目のリニューアル後だった。淡島千景が歌うCMソングや、CMコピー「バャリースのホットオレンヂ」(三國一朗作)は、 「チャカ・ウカ」の陽気な世界を損なわないものに仕立てられ、好評を得る。CMソングはパイロット版を3曲つくり、聴取者から人気投票を募ったが、こうした用意周到さは、 アドマン五味の才気煥発といったところだ(具体的なCM内容は、本稿の最後に紹介した)。

こうして「チャカ・ウカ=アサヒビール・バャリースオレンヂ」のイメージは少しずつ浸透していき、朝日麦酒はスポンサー契約を継続していく。 昭和29年9月12日付「読売新聞」夕刊には、特集記事「揺がぬ人気プロNo1・愛情で取組むスター」(*6)が組まれ、スポンサーとしては鼻高々といえよう。 それにスポンサー商品が、ちょっと贅沢な気分にさせてくれるビールとオレンジジュースであることが、「チャカ・ウカ」のよき持ち味になった。

昭和29年9月12日付「読売新聞」夕刊 画像

*6 昭和29年9月12日付「読売新聞」夕刊

こうしたラジオ人気に合わせ、「チャカ・ウカ」は、映画シリーズへと発展。朝日麦酒はここでもスポンサー協賛し、チャッカリぶりをさらに際立たせていくことになる。

つづく

プロフィール
濱田研吾(はまだ・けんご)
ライター。昭和49年、大阪府交野市生まれ。
日本の放送史・俳優史・広告文化史をおもに探求。
著書に
徳川夢声と出会った』(晶文社)、
『脇役本・ふるほんに読むバイプレーヤーたち(書籍詳細へ)』(右文書院)。
三國一朗の世界・あるマルチ放送タレントの昭和史』(清流出版)。
注記
本稿の無断転載は、ご遠慮ください。
図版は、特記なきものは筆者所蔵のものです。
巻末資料
『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』番組内CM
オープニングCM
♪待ってます 待ってます
バャリースオレンヂ待ってます
2人楽しくほほよせて
淡い灯かげのティールーム
カップ1つにストロー2本
甘いバャリース 夢の味♪
ナレーション
「皆さまのバャリースオレンヂがお送りする『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』。 今日は、佐々木恵美子作『ゴミの中にも花が咲くの巻』。 出演は、淡島千景、本郷秀雄、汐見洋、木村時子、佐伯徹、寺島信子、ほかの皆さん(以下略)」
エンディングCM
ナレーション
「では皆さま、佐々木恵美子作『ゴミの中にも花が咲くの巻』を終わります。 寒い時はなんといってもあたたかい飲み物です。 おいしくて心の中まであたたまる冬の飲み物にはバャリースのホットオレンヂをどうぞ。 瓶ごと熱湯をつけるだけでも手軽く出来、ご家族全部でたのしめます。 また寒い戸外からおいでになったばかりのお客さまには、湯気のたつバャリースのホットオレンヂが何よりのご馳走です。 バャリースは王冠と中味との間が真空になっており、瓶も特別に丈夫なガラスを使用しておりますから、どんな熱湯におつけになっても大丈夫です。 皆さまのバャリースオレンヂがお送りした『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』を終わります」

【参考文献】佐々木恵美子『明朗ラジオドラマ集』、『ABC・朝日放送創業五周年記念』(朝日放送/昭和31年11月)